2人の喧嘩とたとえ話で教える。神(父)との和解と神の王国の招待|個人預言2021/08/21

天国の王国

2021.8.21に聞いた(主のメッセージです)

2人が大きな木の下で仲良く会話をしている。

large tree in middle of forest during daytime

2人は最初。仲良く話していたが1つの事で揉め事を起こす。

怒ることがあっても、罪を犯してはならない。憤ったままで、日が暮れるようであってはならない。(エペソ4:26)

 

その2人は夜になっても口論をしていた。

主は言われた。「何を争っている?君たちはそれほど仲がいいんだね?だっていつまでも夜まで話しているじゃないか?」

2人はキョトンとした。

主「そろそろ場所を変えて、二人で美味しいご飯でも食べたらどうだい?」

2人の中に仲介に入る主であるイエス様。

主「わたしはあなた方に多くの恵の食事を与えた。さぁ食べなさい」

2人は、場所を移動して仲良く食べたが。許せなかった1人が席を立ち扉を開けてどこかに行ってしまった。

もう1人の人は、彼を追いかけた。

先ほど喧嘩したあの場所だ。(大きな木下)→命の木

また主なる神は、見て美しく、食べるに良いすべての木を土からはえさせ、更に園の中央に命の木と、善悪を知る木とをはえさせられた。(創世記2:9)

→1人1人がアダムとエバの罪を抱えている。

 

追いかけた彼は、謝った。

彼は彼の大切なものを壊し奪ってしまったのだ。→信頼を失ったと思う。

プライドが揉め事を起こしたのだ。→自分を守るために自分をかばった。

しかし、彼は彼が嘘をついたことが許せなかった。

それが真実であれば。真実を伝えること。その心が彼は欲しかったのだ。

彼は心より謝った。

 

彼は罪を犯した彼にいった。

「そんなことどうでもいんだ!君の事を愛しているから。何をしても許してあげるよ。だけどちゃんと伝えて欲しい。罪を犯したって。僕は君のどんな罪を許してあげるから。君が罪を犯すことなんて頭か知っているよ?僕はその心が欲しいだけなんだ。僕は君を愛しているからどんなことも許せるんだよ。」→神の言葉です。

 

このように例えて主は、人間と神の関係について教えられた。

罪を告白しなさい。悔い改めなさい。

「もし、わたしたちが自分の罪を告白するならば、神は真実で正しいかたであるから、その罪をゆるし、すべての不義からわたしたちをきよめて下さる。」(Ⅰヨハネ1:9)

「こういうわけだから、あなたがたは偽りを捨てて、おのおの隣り人に対して、真実を語りなさい。わたしたちは、お互に肢体なのであるから。」(エペソ4:25)

そうすれば神である父と和解することができる。と主は言われた。

また放蕩息子の例え(ルカ15:11〜32)も教えられた。

神の王国は、あなたを歓迎する。

15:11また言われた、「ある人に、ふたりのむすこがあった。15:12ところが、弟が父親に言った、『父よ、あなたの財産のうちでわたしがいただく分をください』。そこで、父はその身代をふたりに分けてやった。15:13それから幾日もたたないうちに、弟は自分のものを全部とりまとめて遠い所へ行き、そこで放蕩に身を持ちくずして財産を使い果した。15:14何もかも浪費してしまったのち、その地方にひどいききんがあったので、彼は食べることにも窮しはじめた。15:15そこで、その地方のある住民のところに行って身を寄せたところが、その人は彼を畑にやって豚を飼わせた。15:16彼は、豚の食べるいなご豆で腹を満たしたいと思うほどであったが、何もくれる人はなかった。15:17そこで彼は本心に立ちかえって言った、『父のところには食物のあり余っている雇人が大ぜいいるのに、わたしはここで飢えて死のうとしている。15:18立って、父のところへ帰って、こう言おう、父よ、わたしは天に対しても、あなたにむかっても、罪を犯しました。15:19もう、あなたのむすこと呼ばれる資格はありません。どうぞ、雇人のひとり同様にしてください』。15:20そこで立って、父のところへ出かけた。まだ遠く離れていたのに、父は彼をみとめ、哀れに思って走り寄り、その首をだいて接吻した。15:21むすこは父に言った、『父よ、わたしは天に対しても、あなたにむかっても、罪を犯しました。もうあなたのむすこと呼ばれる資格はありません』。15:22しかし父は僕たちに言いつけた、『さあ、早く、最上の着物を出してきてこの子に着せ、指輪を手にはめ、はきものを足にはかせなさい。15:23また、肥えた子牛を引いてきてほふりなさい。食べて楽しもうではないか。15:24このむすこが死んでいたのに生き返り、いなくなっていたのに見つかったのだから』。それから祝宴がはじまった。15:25ところが、兄は畑にいたが、帰ってきて家に近づくと、音楽や踊りの音が聞えたので、15:26ひとりの僕を呼んで、『いったい、これは何事なのか』と尋ねた。15:27僕は答えた、『あなたのご兄弟がお帰りになりました。無事に迎えたというので、父上が肥えた子牛をほふらせなさったのです』。15:28兄はおこって家にはいろうとしなかったので、父が出てきてなだめると、15:29兄は父にむかって言った、『わたしは何か年もあなたに仕えて、一度でもあなたの言いつけにそむいたことはなかったのに、友だちと楽しむために子やぎ一匹も下さったことはありません。15:30それだのに、遊女どもと一緒になって、あなたの身代を食いつぶしたこのあなたの子が帰ってくると、そのために肥えた子牛をほふりなさいました』。15:31すると父は言った、『子よ、あなたはいつもわたしと一緒にいるし、またわたしのものは全部あなたのものだ。15:32しかし、このあなたの弟は、死んでいたのに生き返り、いなくなっていたのに見つかったのだから、喜び祝うのはあたりまえである』」。(ルカ15:11〜32)

 

✍️最後に主は、聖書を通しこうお仰せられました。「預言をする者の場合にも、ふたりか三人かが語り、ほかの者はそれを吟味すべきである。」(コリントⅠ14:29)

メッセージを受け取る場合は、吟味をしてみてください。

この預言は、御言葉を引用し用いています。

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