シモン・ペテロ?による霊メッセージ。水上の信仰を試された船での思い|個人預言2021/11/7

ペテロのメッセージ

2021.11.7に聞いた(主のメッセージです)

・イエス・キリストを信仰告白した者の聖霊の油注ぎによる霊的メッセージです。

※霊的フィーリングで感じたシモン・ペテロのメッセージです。事実上の関係に関しては証言できません。

P・S最初に樽と海と船が連想された。

それからすぐ、イエスは群衆を解散させておられる間に、しいて弟子たちを舟に乗り込ませ、向こう岸へ先におやりになった。そして群衆を解散させてから、祈るためひそかに山へ登られた。夕方になっても、ただひとりそこにおられた。ところが舟は、もうすでに陸から数丁も離れており、逆風が吹いていたために、波に悩まされていた。イエスは夜明けの四時ごろ、海の上を歩いて彼らの方へ行かれた。弟子たちは、イエスが海の上を歩いておられるのを見て、幽霊だと言っておじ惑い、恐怖のあまり叫び声をあげた。しかし、イエスはすぐに彼らに声をかけて、「しっかりするのだ、わたしである。恐れることはない」と言われた。するとペテロが答えて言った、「主よ、あなたでしたか。では、わたしに命じて、水の上を渡ってみもとに行かせてください」。イエスは、「おいでなさい」と言われたので、ペテロは舟からおり、水の上を歩いてイエスのところへ行った。しかし、風を見て恐ろしくなり、そしておぼれかけたので、彼は叫んで、「主よ、お助けください」と言った。イエスはすぐに手を伸ばし、彼をつかまえて言われた、「信仰の薄い者よ、なぜ疑ったのか」。ふたりが舟に乗り込むと、風はやんでしまった。舟の中にいた者たちはイエスを拝して、「ほんとうに、あなたは神の子です」と言った。(マタイ14:22〜33)

 

わたしは、港船に乗っていた。

1・3・4 ローマ―単一支配の海上交易圏―

信仰の薄い者よ。わたしはかつては弱気者であった。なぜわたしがこの時のことを話すのか教えよう。

 

わたしは船で皆と楽しく食事をしていた。そして食後に祈った。「愛する主よ。今私たちの困難な時にあなたの光を現せるように、わたしを信仰深く立たせたまえ。一人一人が御子に繋がられるように。わたしのこの状況はなんですか?わたしが何か悪いことをしましたか?わたしの過去に戒めですか?わたしは非常に悔いています。妹のことが心配です。母娘と無事に生活していますでしょうか?私たちの道中をお助けください。」

手を合わせ祈る。

突如食卓の蝋燭は消え船が揺れる。食卓のお皿や食べ物が地面に落ちる。

落雷, ライトニング, 天気, 嵐, 荒れた天気, ライトニング ボルト, 雷雨, 夜, 暗い, ボルト, 空

我々は外に出ると人が立っていた。

それは主であった。

私の信仰の上で主にあって恐ろしさを感じた。信じる上で恐れが共なるのである。

だがその奥義に愛がある。守られるべき主の目は獣のような勇ましい顔立ちであるが目の奥は愛が満ちる陽が灯る。王は誇り高き礎であり。天地を支配する杖を持つ。冠は黄金の光を灯し決して消えることがない永遠の暁である。

心が揺さぶられても応じるな!逃げるべきではない。ここに信仰の強さが試される。我が両手が塞がっていても私の心に光の鎖が繋がれていることを。あなたが肉の首に鎖を繋がれていてもあなたの手足は光の鎖に繋がれている。

信仰に立つ者よ。私は手紙を書いています。

この思いがあったことをここに書いていく。わたしの手紙が心に書き記されることを願います。ペテロ

 

📝個人預言の受け取りは吟味が求められます。

『預言をする者の場合にも、ふたりか三人かが語り、ほかの者はそれを吟味すべきである。』(コリントⅠ14:29)

「すなわち、ある人には御霊によって知恵の言葉が与えられ、ほかの人には、同じ御霊によって知識の言、またほかの人には、同じ御霊によって信仰、またほかの人には、一つの御霊によっていやしの賜物、またほかの人には力あるわざ、またほかの人には預言、またほかの人には霊を見わける力、またほかの人には種々の異言、またほかの人には異言を解く力が、与えられている。すべてこれらのものは、一つの同じ御霊の働きであって、御霊は思いのままに、それらを各自に分け与えられるのである。」(コリントⅠ12:8〜11)

「このように、異言は信者のためではなく未信者のためのしるしであるが、預言は未信者のためではなく信者のためのしるしである。」(コリントⅠ14:22)

『神がこう仰せになる。終りの時には、わたしの霊をすべての人に注ごう。そして、あなたがたのむすこ娘は預言をし、若者たちは幻を見、老人たちは夢を見るであろう。その時には、わたしの男女の僕たちにもわたしの霊を注ごう。そして彼らも預言をするであろう。』(使徒の働き2:17〜18)

「預言を軽んじてはならない」Ⅰテサロニケ5:20

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