使徒マタイとはどんな人だった?マタイから学べる基本情報と隠された神の御心・・。

マタイとは?
ジョン
聖書に登場する使徒マタイとはどんな人?
ジョン
マタイってなにをした人なの?経歴が知りたい
ジョン
マタイの書籍から何を知れる?

▲上記のことから答えていきます。▲

ハレルヤ!クリスぱんだ(@jesus153blog)です。

新約聖書を開き最初に項目に出てくる「マタイによる福音書」がありますが、このマタイとは誰なんだ?そんな疑問はないですか?

初めに出てくる名前が印象的に残ったけど、誰だかわからない。そんな感じで終わりますよね。

結論マタイさんはイエス・キリストの宣教ストーリーをユダヤ人改宗向けに残した福音記者になります。

今回、この使徒マタイについての名前の意味や経歴などをまとめていこうと思うのでご参考にして頂けると幸いです。

使徒マタイとはどんな人だったのか?

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使徒マタイについて下記の通りでまとめました。

  • 使徒マタイはどんな人だったのか?
  • 使徒マタイとは何をした人?(功績)
  • マタイの殉教

では、マタイさんを深掘りして解説です。

使徒マタイとはどんな人だったのか?

まず、使徒マタイのプロフィールを作ってみました。

名前マタイ/マタイオスΜαθθαῖος, Maththaios)
画像マタイ - Wikipedia
あだ名アルファイの子レビ/レビ
家族ーーー
シンボル財布
旧職徴税人
出身ーーー
死去理由殉教

使徒マタイは、イエス・キリストの12使徒のお一人で新約聖書のマタイの福音書を書いた人と言われています。

立派な使徒です。

彼らは、市内に行って、その泊まっていた屋上の間にあがった。その人たちは、ペテロ、ヨハネ、ヤコブ、アンデレ、ピリポとトマス、バルトロマイとマタイ、アルパヨの子ヤコブと熱心党のシモンとヤコブの子ユダとであった。(マタイ1:13)

使徒マタイの意味は「神の賜物(たまもの)」で、マルコの福音書ではレビ「結ぶという意」とも書かれています。英語ではマシュー (Matthew)になります。

マタイについては残念なことにあまり記述がないですが、福音書を書いた立派な伝道者になります。名前の意味通り福音書を通して神の賜物を不特定の人々に聖書を結びつけた人になりました。

マタイの福音書は、ユダヤ教からキリスト教への改宗向けの福音書となっているのも特徴になります。

 

彼の生涯については、ローマへの税金を徴収する最も嫌われる仕事をしていました。

嫌われる理由としては、税金+(徴税人への不正な高額の手数料)の請求や多額のお金を持つので護衛を雇い、税金が払えない市民には懲罰(暴力)などを働いていたのです。

中にはローマ税に+日本円にして5万とか10万とか取る人もいたかもしれません。

そんな最も嫌われていた職業の徴税人をしていていたところ、イエス・キリストからスカウトをされました。

さてイエスはそこから進んで行かれ、マタイという人が収税所にすわっているのを見て、「わたしに従ってきなさい」と言われた。すると彼は立ちあがって、イエスに従った。(マタイ9:9)

スカウトされた理由については、神は心を見るので徴税人マタイの純粋な心を見抜き声をかけたのかもしれません。

その後すぐ、マタイは友人達とイエス様を招き宴会を開いていた時にパリサイ派達から皮肉を言われてしまいましたが、イエスは神の救いについてを説きます。

それから、イエスが家で食事の席についておられた時のことである。多くの取税人や罪人たちがきて、イエスや弟子たちと共にその席に着いていた。パリサイ人たちはこれを見て、弟子たちに言った、「なぜ、あなたがたの先生は、取税人や罪人などと食事を共にするのか」。イエスはこれを聞いて言われた、「丈夫な人には医者はいらない。いるのは病人である。『わたしが好むのは、あわれみであって、いけにえではない』とはどういう意味か、学んできなさい。わたしがきたのは、義人を招くためではなく、罪人を招くためである」。(マタイ9:10〜13)

ここは誰もが励まされる名言箇所ですね。

マタイ情報はここまでになります。

 

使徒マタイとは何をした人?(功績)

使徒マタイの功績については、マタイの福音書を書き述べ伝えています。

 

マタイの殉教

使徒マタイの殉教は、イエス・キリストの復活後、エチオピア〜マケドニヤで宣教中に殉教したと伝えられています。

 

 

使徒マタイから学べたこと

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使徒マタイのすごいところは、職業とお金を全て捨てて直情的にイエス・キリストについて行ったところです。

しかも、イエスについて行ったその日に仲間(軽蔑される職業である徴税人仲間や娼婦など)とイエスを宴会に招き開いたところ。

まさに全てを捨てたマタイはイエス様がよく求めている事を果たしたのです。

それからイエスは弟子たちに言われた、「だれでもわたしについてきたいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負うて、わたしに従ってきなさい。自分の命を救おうと思う者はそれを失い、わたしのために自分の命を失う者は、それを見いだすであろう(マタイ16:24)

この青年はイエスに言った、「それはみな守ってきました。ほかに何が足りないのでしょう」。イエスは彼に言われた、「もしあなたが完全になりたいと思うなら、帰ってあなたの持ち物を売り払い、貧しい人々に施しなさい。そうすれば、天に宝を持つようになろう。そして、わたしに従ってきなさい」。(マタイ19:20〜21)

どんな人でも金銭的な執着心や自我が強い場面もあると思います。その中で仕事や貯金を全て捨てて・・ましては怪しい指導者についていくというのは難しい事です。

ですが、マタイは心のどこかで救いを願っていたのかもしれませんが、イエスキリストが現れた時に神の子だと気づき、その一瞬で全てを捨ててついていきました。

というわけでイエスが徴税人であったマタイを選んだ点で、どんな罪人でも嫌われていても、自分を神に捧げられる心があれば神の救いは誰にでもあるということですね。マタイを見習って神に捧げていきましょう。

では祝福がありますように(๑>◡<๑)ノ

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3 件のコメント

  • イエス様の言葉がmark2:17とかmat9:13で
    『悔い改めさせるために』相当の言葉である
    『eis metanoian
     εἰς μετάνοιαν』
    をアレクサンドリア型では消され歪曲されている。

    Matthew 9:13 Parallel Greek Texts
    https://biblehub.com/texts/matthew/9-13.htm

    やはりTextusReceptusが本当に正しく真実の言葉だと思う。

    アレクサンドリア型の新約聖書原文からの和訳で
    ただ『罪人を招く』とだけなっているんですよね。
    この言葉を消したのは悪意としか思えない。
    あと文章としても『何を意図して招く』のか、
    その招くための目的語が消されてて不自然になってる気がします。

  • 返信ありがとうございます。
    ついでにみんなに知ってほしい、
    TRとAx型の聖句の差異を比較しやすいサイトです。

    Textus Receptus New Testament Variant
    https://textusreceptusbibles.com/TRNTV/40/1

    ここを見て大量に消されている単語がある聖句が分かると
    (あぁ、ここってそんなに重要なんだな)って思ったりします。

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