【聖書】悪魔の誘惑とはどのようなものなのか?聖書から悪魔の誘惑に勝つ方法も解説

イエス対悪魔
ジョン
聖書でイエス・キリストが悪魔に誘惑された箇所はどこですか?
ジョン
悪魔はどのように誘惑をしてきますか?
ジョン
悪魔の誘惑から勝つにはどうしたらいいですか?

▲上記のことから答えていきます。▲

ハレルヤ!クリスぱんだ(@jesus153blog)です。

聖書では、イエス・キリストが40日間の断食後に悪魔から誘惑されたのは有名な話ですが、これはどんな誘惑方法だったのか?深く知りたいと思ったことはないですか?

結構ここの箇所から、私たち人間が悪魔からどのような手口で誘惑してくるのか?が勉強できる箇所=悪に構えることができるのです。

今回、イエス・キリストが受けた悪魔の誘惑から悪魔の手口について解説していこうと思います。

聖書であった悪魔の誘惑とはどのようなものか?

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聖書には、イエス・キリストが悪魔に誘惑されたシーンがあります。(今回神対悪魔の話をします。)

悪魔の誘惑について下記の通りで考えてみました。

  • 聖書でイエスが受けた悪魔の誘惑
  • 悪魔はどんな誘い方をするのか?
  • 悪魔の性質

では解説。

聖書でイエス・キリストが悪魔の誘惑を受けた箇所

聖書には多くの誘惑の話があるので既にご存じの方も多いかと思いますが、救い主イエスキリストでさえ悪魔に誘惑をされました。実際に誘惑された箇所は【マタイ4:1〜11】【マルコ1:13】【ルカ4:1~14】になります。

さて、イエスは御霊によって荒野に導かれた。悪魔に試みられるためである。そして、四十日四十夜、断食をし、そののち空腹になられた。すると試みる者がきて言った、①「もしあなたが神の子であるなら、これらの石がパンになるように命じてごらんなさい」。イエスは答えて言われた、「『人はパンだけで生きるものではなく、神の口から出る一つ一つの言で生きるものである』と書いてある」。それから悪魔は、イエスを聖なる都に連れて行き、宮の頂上に立たせて言った、②「もしあなたが神の子であるなら、下へ飛びおりてごらんなさい。『神はあなたのために御使たちにお命じになると、あなたの足が石に打ちつけられないように、彼らはあなたを手でささえるであろう』と書いてありますから」。イエスは彼に言われた、「『主なるあなたの神を試みてはならない』とまた書いてある」。次に悪魔は、イエスを非常に高い山に連れて行き、この世のすべての国々とその栄華とを見せて言った、③「もしあなたが、ひれ伏してわたしを拝むなら、これらのものを皆あなたにあげましょう」。するとイエスは彼に言われた、「サタンよ、退け。『主なるあなたの神を拝し、ただ神にのみ仕えよ』と書いてある」。そこで、悪魔はイエスを離れ去り、そして、御使たちがみもとにきて仕えた。(マタイ4:1〜11)

ルカとマタイでは誘惑する順番が違いますが、3つの福音書とも相違点はありませんでした。

 

悪魔はどんな誘い方をするのか?

では、この箇所から3つの誘惑に迫ります。

  1. 石をパンに変えてみろよ?(自分の能力を試させる誘惑)
  2. 神殿の屋根から飛び降りろよ?
  3. 私を拝んだら、この世の王国と栄華をあげようか?

と悪魔は言います。

これはどんな誘惑だったのか?↓

誘惑1

①での悪魔の目的は、自分の力(イエス自身)を試させることで父である神からの関係を遠させ、神の計画である救いの執行を防ぐ、および神から受けた権力を自分の力へのすり替える、権力に溺れさせるため=自己中心的思想・傲慢へのの誘惑です。

だいぶややこしいですが、悪魔はイエスが神の御心で生きようとしている思想について真理から外れさせようとしました。

この「パンを石に変えてみよ」という言葉に対し主は、「悪魔の誘惑に”人はパンだけで生きるのではなく、人は主の御口から出るすべてのことばで生きる(申命記7:3)」”とイエスは返します。この返しからイエス様は天の父に対して神の計画で生きる姿勢がわかります。

つまり、このイエスの思いを悪魔が変えようと誘惑したのです。

わたしが父におり、父がわたしにおられることをあなたは信じないのか。わたしがあなたがたに話している言葉は、自分から話しているのではない。父がわたしのうちにおられて、みわざをなさっているのである。(ヨハネ14:10)

 

誘惑2

②ここでの悪魔の目的も、イエスの強い信仰を逆手にとり間違った判断をさせ命を落とし神の計画を阻止させることを狙っていました。

完全に自殺させようとしていますよね。

ここは、判断の欠如を狙い揺さぶります。

悪魔は、諦めず違う角度から詩篇の言葉を使い誘惑していきます。

 災はあなたに臨まず、悩みはあなたの天幕に近づくことはない。これは主があなたのために天使たちに命じて、あなたの歩むすべての道であなたを守らせられるからである。彼らはその手で、あなたをささえ、石に足を打ちつけることのないようにする。(詩篇91:10〜12)

おそらく悪魔はこんな事を言っていたのかもしれません。

悪魔「神に信頼する者は守られるだろう?そうだろうイエス?ならやってみろよ?ちがうのか?」という、またしても聖書を引用して誘惑します。もしくは悪魔はイエスに「腰抜けなのか?」とも挑発してきたのかもしれません。

しかし、イエスは曲解された聖書の言葉を見抜き適切な言葉で反撃し”「あなたがたがマッサでしたように、あなたがたの神、主を試みてはならない。(申命記6:16)」”悪魔を黙らせました。

聖書の言葉を巧みに曲解させて人に間違った判断をさせようとするのも悪魔の手口だと伺えます。

 

誘惑3

③での、悪魔の目的はイエスの十字架の阻止ですが、衝動的に行動させること=罪を隠し真理を曇らせようとしたのです。

つまり、悪魔はイエスが作り上げるべき世界を脳裏で見せて”今すぐに手にできるよ。”と誘惑したのです。その代償として「今すぐお前が求めるものをすぐに与えるから私を崇め」でした。

ここでイエスはこう反撃します。「”あなたの神、主を恐れてこれに仕え、その名をさして誓わなければならない。(申命記6:13)”」

もちろん、イエス様は悪魔を崇拝をしたいという気持ちはそもそもないですが・・イエスキリストの壮絶な最後を知っている方もいるかと思いますけど、十字架の苦しみが回避できる提案をしたことで誘惑したのです。

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悪魔の性質

悪魔の性質は、盗みと殺しだけです。決して悪魔の甘い言葉を鵜呑みにして信じてはいけません。

盗人が来るのは、盗んだり、殺したり、滅ぼしたりするためにほかならない。わたしがきたのは、羊に命を得させ、豊かに得させるためである。(ヨハネ10:10)

悪は地上を支配下としており、どんな人にでも誘惑してきますのでご注意ください。

今回の誘惑からこのようなことがわかりました。

▼悪魔の性質▼

  • 人を騙すために聖書を引用したり
  • 信仰を試したり
  • 神を疑わせたり
  • 権利で誘引したり
  • 衝動的に行動させたり
  • 罪を隠して誘惑したり
  • 欲望をちらつかせたり
  • しつこいくしたり

などが悪魔の誘惑の手口です。他にも多くの誘惑をします。

気をつけてください。これらは罪を犯させるためです。

 

悪魔の誘惑から勝つためにすること

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悪魔の誘惑に勝つために下記でまとめます。

  • 悪から離れる
  • 立ち向かう
  • 信仰を常に持つ

では解説です。

悪から離れる

聖書では、いかなる悪から離れる事を推薦しています。

悪を避けて善を行い、平和を求めて、これを追え。(Ⅰペテロ3:11)

なぜ誘惑されるのか?それは欲を引き立てるものが近くにあるからです。またはトラブルに巻き込まれるからです。欲の先には悪がいることも知らなくてはいけません。

自分の願望を満たすものがあれば、悪にとってはいい機会になります。

それは暴力事件に巻き込まれ健康を盗んだり、金銭トラブルを起こしてお金を失ったり、不祥事が起こり家族の信頼を盗むことかもしれません。

どんな悪も避けた方がいいでしょう。

 

立ち向かう

悪に対しては立ち向かう事で悪は逃げます。

この悪魔にむかい、信仰にかたく立って、抵抗しなさい。あなたがたのよく知っているとおり、全世界にいるあなたがたの兄弟たちも、同じような苦しみの数々に会っているのである。(ペテロⅠ5:9)

これは悪を悪で立ち向かうのではなく、信仰によってなのでご注意ください。

具体的な例はこの箇所に書いてあります。

悪をもって悪に報いず、悪口をもって悪口に報いず、かえって、祝福をもって報いなさい。あなたがたが召されたのは、祝福を受け継ぐためなのである。(Ⅰペテロ3:9)

上記のみことばより、察していただけると思うのでこちら省略します。

 

信仰に立つ

信仰の重要性としては罪を犯さないため・・いつも同じ神と繋がりを持ち道を外さないためです。

罪を犯したり、悪に従う行為は言わば脱線する事です。

社会で生きる人がほとんどなので社会の時間を過ごすことも多くなりますが、信仰の時間を減らすと神の言葉を忘れてしまいます。ここでも悪魔はみことばを盗み誘惑します。

生活するには社会で働かなくてはいけないのでどうしても社会に出ることは必要ですが・・悪魔に隙を作らないためには聖書を読む、みことばを行い守る、教会に通うなど信仰を保つことは必然なことかもしれません。

 

では、神の祝福が永久にありますように(๑>◡<๑)ノ

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