クリスチャンが教会に行きたくないなら行かなくてもいい!信者が教会に行く事を避けてみた結果。

ジョン
教会にもう行きたくない
ジョン
教会の方針が合わないと感じる
ジョン
教会で嫌な思いをしたから教会通うのをやめたい

▲上記のことから答えていきます。▲

「最近、教会・牧師に不満があり教会に行きたくない。教会から距離を置きたい」そんな悩みはないでしょうか?

僕も現在教会生活が20年近くになりますが・・過去に教会の方針や派閥、不信感、教会の必要性など悩むことが多くありました。

結論を先に言うと、教会は行きたくないと思うなら行かなくても大丈夫です。

安心してください。と言うのも・・この悩みは良いものを知るために誰でも通る場所なのです。

僕も以前は、同様に悩んだ結果から信仰生活で教会のあり方を感じた事をまとめてみました。

本記事でわかること

☑️クリスチャンが教会に行かなくても問題なし

☑️実話!教会を離れてわかること

☑️クリスチャンが教会に行くメリットとは?

☑️教会の在り方についての御言葉

クリスチャンが無理に教会に行かなくても良い理由

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クリスチャンは現在の教会に無理に行かなくては行けないという考えはまず捨てましょう。

今通っている教会に行くのが嫌なら行かなくても全然問題ありません。

まず、教会の目的と教会に無理に行かなくても良い理由を3つ考えてみました。

  1. 教会は神様のメッセージを聞きに行く場所
  2. 教会は変わらない
  3. 教会に集まっているのは人である。

では、深堀りします。

教会は神様のメッセージを聞きに行く場所

説教に魅力がない、話が合わない・わからない場合は他の教会を探しましょう。

もっとも教会に行く理由は、神様のメッセージを聞きに行くところ。

神学校を出た牧師さんが聖書の内容をわかりやすく噛み砕き聖書の一節をテーマに聖書の内容を学びに行きますよね。教会の定着率は牧師の力量で決まります。

教会に行く理由は様々あると思いますが・・一番の目的は神様のメッセージを聞きに行くことじゃないでしょうか。

もし、礼拝の中で神様の栄光ではなく牧師が主体と感じていて、神様の言葉を聞きたいのに牧師が前に出ていると感じているなら教会を去っても良いと思います。

▼御言葉▼

わたしたちすべての者が、神の子を信じる信仰の一致と彼を知る知識の一致とに到達し、全き人となり、ついに、キリストの満ちみちた徳の高さにまで至るためである。(エペソ4:13)

どうか同じ思いとなり、同じ愛の心を持ち、心を合わせ、一つ思いになって、わたしの喜びを満たしてほしい。(ピリピ2:2)

 

教会は変わらない

自分の求めている事と教会の考えにズレがある場合は、その教会に行かなくても良いと思います。

牧師が変わらない限り教会も変わりません。

会社と同じでトップの方針が変わらなければ何も変わりません。

副牧師やスタッフなどでも行きづらい教会になったりもしますし、通いやすい教会にも変わります。

ですが・・基本的に上が変わらないと教会も変わりません。

 

教会に集まっているのは人である。

教会での人間関係に悩む場合も教会に無理に行く必要もなしです。

教会に集っているのは神に選ばれた人ですが・・まだまだ人です。

多くのクリスチャンは外の人よりは比較的優しいですが、様々な人種がいるのは確かです。

聖書にこうあります。

イエスはこれを聞いて言われた、「丈夫な人には医者はいらない。いるのは病人である。わたしがきたのは、義人を招くためではなく、罪人を招くためである」。(マルコ2:17)

こんな事を言うのは罪ですが、僕も教会内の人間関係で苦手な人はいました。

ですが、神様が選んだ人です。未来は立派なクリスチャンかもしれませんが・・今は修行の身の場合もあります。

全てに時がありますので、今無理に付き合うことも合わせる必要もありません。

僕も教会でも苦手な人と会いたくないので教会に行く時間をずらしたり、暫く休んだ時もあります。

教会に行きたくないと思う時もその時です。

人間関係で悩みの方が強くて神様に集中できない場合は、お休みや教会を離れてもいいと思います。

 

教会を離れてわかったこと【実話】

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教会に行きたくないと感じたら離れるのも全然ありです。

ちなみに僕も母教会を離れ、多くの教会に行きました。

そこで5つのことがわかりました。

  1. 良い教会は他にもある
  2. 教会に行くことが救いではない
  3. 教えは聖書にあった
  4. キリスト教は宗教ではなかった
  5. 教会に行かなくても信仰は高められた

では上記から解説。

良い教会は他にもある

自分に合った教会は必ず見つかります。

実際に教会を変えた人もリアルにいます。

僕のケースですが、母教会を離れ10ほどの教会を渡り歩くと好みの教会を1つは見つけることができました。

もちろん合わない教会もありました。

教会を渡り歩く事と毎回挨拶でめんどくさいですが、様々な教会の善し悪しを知るメリットもあります。意外と母教会の良さも気づけたりします。

ちなみに教会の探し方は→ネット検索→画像で雰囲気を見る→動画もあれば動画も見る→あとは口コミやSNSも利用して候補を絞って教会に出席です。

聖書で求めなさいと言うように探してみると好みの教会が見つかるものです。

セカンドオピニオンならず、セカンドチャーチもありです。

 

教会に行くことが救いではない

教会依存の落とし穴ですが・・教会に行くことが救いではありません。

👉聖書で救いってこういう話『まとめ』今更聞けない救いの意味!クリスチャンの歩み方も紹介。

イエス・キリストを信じ信仰していくことが救いです。

「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。」(ヨハネ3:16)

すなわち、自分の口で、イエスは主であると告白し、自分の心で、神が死人の中からイエスをよみがえらせたと信じるなら、あなたは救われる。 なぜなら、人は心に信じて義とされ、口で告白して救われるからである。(10:9~10)

教会にいくことが救いなら神社に参拝しにいくようなものです。これでは偶像崇拝になってしまいします。

偶像崇拝とは?聖書が禁止している理由と意味|あなたは大丈夫?意外と知らない悪魔の驚くべき罠

 

答えは聖書にあった

礼拝には聖書を学ぶために通うと思いますが、聖書を学びたいなら聖書通読や入門書などで十分学べます。

なので教会の人間関係や方針で悩むなら・・一旦離れて個人勉強でも問題ありません。

教会は聖書を学ぶための寺子屋。

聖書を持っていて自力で読んでも、40%はなんとなくわかるものです。

不思議と何度も何度も聖書を読むと理解も深まるので一人の牧師に依存することもないですよ。

わからないことがあれば、動画、検索、入門書と情報を手にいれることだってできます。知識は1箇所ではありません。

聖書通読の方法・やり方|聖書読破するための時間や大事にすることも解説。

聖書入門本におすすめのわかりやすい本6選|初心者でも理解できた!読んで満足する聖書入門書

 

キリスト教は宗教ではなかった

教会を離れて思ったことがキリスト教は宗教ではなく、私たちが人と交わるように神様とも同じリアルな世界感を感じた事。

教会に行き説教、賛美、献金と決められた手順で信仰すると宗教的でしたが、教会から離れ個人礼拝をすると宗教ではなくなるんですよね。キリスト教=宗教という概念がなくなります。

なので、一度教会を離れてみるのも全然ありです。

もっと身近に実感を感じたいなら証の話を読みまくることもおすすめです。

証は人と教会ではなく、人との神様の話なので教会の在り方に迷ってしまった方は是非読んでみてください。

ある人たちがいつもしているように、集会をやめることはしないで互に励まし、かの日が近づいているのを見て、ますます、そうしようではないか。(ヘブル10:25)

▼御言葉▼

あなたがたは神の宮であって、神の御霊が自分のうちに宿っていることを知らないのか。(Ⅰ コリント3:16)

 

教会に行かなくても信仰は高められた

教会に行かなくても信仰は高められます。

確かに教会に行かないとモチベーションは下がる気がしますが、信仰は神によるものですので信仰心が”0”になることはありません。

僕は現在特定の教会に通ってないですが・・信仰は上がってます。

信仰心の高め方は、聖霊様が必要だともわかりました。

つまり、信仰と教会は関係ない。

聖霊様とは?聖書と聖霊様から情報をまとめ|聖霊様の疑問→働き・役割・授かり方を完全公開!

人間にできないことは霊にお願いしよう!という感じで、教会に行かなくとも霊的信仰をすると高められます。

こちらに関しては、聖霊のバプテスマとひたすら祈ることです。

 

クリスチャンが教会に行くメリット

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クリスチャンに大事なのは信仰です。

ですが、教会に行った方が良い理由もあります。

次は教会の肯定的な話になります。

クリスチャンが教会に行くメリットは6つです。

正直下記の内容が教会になければ、その教会に行くメリットもありません。

  1. 信仰を高めるため
  2. 霊的満たしのため
  3. 清めのため
  4. 癒されるため
  5. 元気になれるため

では解説です。

信仰を高めるため

教会に集まる目的の一つとして、信仰を高めてくれる人がいます。

というのも、教会には様々なクリスチャンが集まるので中には刺激をもらえるクリスチャンもいます。

賜物・力をもったクリスチャンや尊敬できる信仰の先輩クリスチャンもいると思います。

特に信仰が高いクリスチャンがいる教会は、霊的にも満ち溢れているので信仰のエネルギーをいただけます。

 

▼御言葉▼

わたしたちすべての者が、神の子を信じる信仰の一致と彼を知る知識の一致とに到達し、全き人となり、ついに、キリストの満ちみちた徳の高さにまで至るためである。(エペソ4:13)

また、キリストを基として、全身はすべての節々の助けにより、しっかりと組み合わされ結び合わされ、それぞれの部分は分に応じて働き、からだを成長させ、愛のうちに育てられていくのである。(エペソ4:16)

 

霊的満たしがある

教会は霊的に満たされます。

教会は多くのクリスチャンが集まり神を讃え祈り、賛美もします。

霊的に燃えているクリスチャンの集まる教会に行けば霊に満たされるものです。

例えば、ペンテコステ派の教会などは聖霊の力のエネルギーに満たされた教会です。説明が難しいのですが聖霊の働きが活発な教会は力が湧きます。

まだ霊的経験をしてない人は一度見学に行ってみると勉強になるかもです。

逆に教会が淀んでいたら、せっかく教会に行っても元気になれませんね。

 

清めのため

教会に行くことで身も心も清められます。

日本的にわかりやすく言えば、教会はパワースポットみたいな感覚です。

清めの例として賛美です。賛美歌は悪霊を追い出す力がありますので教会の神聖さが増します。

清い場所に悪魔や悪霊は近寄ることができないので身を清めることができます。

どうしても日常生活で念や悪霊などが体に付きますので、清い霊に整えられた神聖な教会にいくことで心や体を清めることができます。

 

癒されるため

教会の醍醐味はなんといっても癒しです。

癒しがなければ「なんで教会にいくの?」って感じになりますね。

教会へは、心や体を癒しに行くのも目的の一つじゃないでしょうか?

僕が以前通っていた教会は、癒しの賜物を持った先生がいて人をバタバタ倒す姿を目撃して「すげー」と思ったことがあります。

教会の賛美で癒されるのもあり、癒しの賜物を持った人に癒して貰えるのもありです。

 

元気になれるため

教会に行き悩み話を聞いてもらい祈ってもらえるので元気がもらえます。

教会はやはり、教会員と共にくびきをおう場所でもあると思います。

家は一人ですが、教会は神の家族です。

教会に誰か話を聞いてくれる兄弟や先生がいれば違いますよ。

▼御言葉▼

ある人たちがいつもしているように、集会をやめることはしないで互に励まし、かの日が近づいているのを見て、ますます、そうしようではないか。(ヘブル10:25)

あなたがたは神の宮であって、神の御霊が自分のうちに宿っていることを知らないのか。(Ⅰ コリント3:16)

 

教会に行きたくないと感じる人への御言葉

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最後に教会に行きたくないと感じてしまった人への御言葉をまとめてみました。

「実際、からだは一つの肢体だけではなく、多くのものからできている。もし足が、わたしは手ではないから、からだに属していないと言っても、それで、からだに属さないわけではない。また、もし耳が、わたしは目ではないから、からだに属していないと言っても、それで、からだに属さないわけではない。もしからだ全体が目だとすれば、どこで聞くのか。もし、からだ全体が耳だとすれば、どこでかぐのか。そこで神は御旨のままに、肢体をそれぞれ、からだに備えられたのである。もし、すべてのものが一つの肢体なら、どこにからだがあるのか。ところが実際、肢体は多くあるが、からだは一つなのである。目は手にむかって、「おまえはいらない」とは言えず、また頭は足にむかって、「おまえはいらない」とも言えない。そうではなく、むしろ、からだのうちで他よりも弱く見える肢体が、かえって必要なのであり、」(Ⅰコリント12:14〜22)

「神を愛すると言いながら兄弟を憎んでいるなら、その人は偽り者です。目に見える兄弟を愛していない者に、目に見えない神を愛することはできません。」(1ヨハネ 4:20)

👉それぞれが大事な人。教会に訪れる一人一人を大事にすべき。

 

「だから、あなたがたは、今しているように、互に慰め合い、相互の徳を高めなさい」( 1テサロニケ5:11)

👉教会はメンバーを慰め、成長させる場所。

 

「互に重荷を負い合いなさい。そうすれば、あなたがたはキリストの律法を全うするであろう。」(ガラテヤ6:2)

👉教会は悩んでる人に寄り添い親身に話を聞く。

 

「神は寄るべなき者に住むべき家を与え、めしゅうどを解いて幸福に導かれる。しかしそむく者はかわいた地に住む。」(詩篇68:6)

👉教会は誰でも安心できる場所として作る。

 

「あなたがたの中に、罪の惑わしに陥って、心をかたくなにする者がないように、「きょう」といううちに、日々、互に励まし合いなさい。」(ヘブル3:13)

「だから、互に罪を告白し合い、また、いやされるようにお互のために祈りなさい。義人の祈は、大いに力があり、効果のあるものである。」(ヤコブ5:16)

👉共に祈り励ましあう。

 

「キリストの言葉を、あなたがたのうちに豊かに宿らせなさい。そして、知恵をつくして互に教えまた訓戒し、詩とさんびと霊の歌とによって、感謝して心から神をほめたたえなさい。」(コロサイ3:16)

👉教会は神を賛美する場所。

 

▼他御言葉▼

ある人たちがいつもしているように、集会をやめることはしないで互に励まし、かの日が近づいているのを見て、ますます、そうしようではないか。(ヘブル10:25)

こういうわけで、平和に役立つことや、互の徳を高めることを、追い求めようではないか。(ローマ14:19)

わたしたちすべての者が、神の子を信じる信仰の一致と彼を知る知識の一致とに到達し、全き人となり、ついに、キリストの満ちみちた徳の高さにまで至るためである。(エペソ4:13)

また、キリストを基として、全身はすべての節々の助けにより、しっかりと組み合わされ結び合わされ、それぞれの部分は分に応じて働き、からだを成長させ、愛のうちに育てられていくのである。(エペソ4:16)

どうか同じ思いとなり、同じ愛の心を持ち、心を合わせ、一つ思いになって、わたしの喜びを満たしてほしい。(ピリピ2:2)

あなたがたは神の宮であって、神の御霊が自分のうちに宿っていることを知らないのか。(Ⅰ コリント3:16)

 

では、祝福がありますように( ^ω^ )ノ

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