聖書で浮気はどう語る?浮気をしてしまった事で絶望しないで!イエス様はあなたを絶対に捨てない。

浮気 聖書
セリア1世
浮気をしてしまいました・・どうしたらいいでしょうか?
セリア1世
聖書では、浮気をどう語っていますか?
セリア1世
罪で苦しいです。

▲上記の内容から答えていきます▲

ハレルヤ!クリスぱんだ(@jesus153blog)です。

浮気をしてしまった・・。やってしまった時は、あとの祭りです。

浮気をしたら罪悪感で苦しいですよね・・。「あれほど聖書に姦淫を犯すなと書いてるのに・・なぜ・・」罪を犯すと地獄に行くんじゃないか?と苦しみが襲ってきます。

落ち込まないでください。大丈夫です!今できる事は赦しを求める事です。

今回は、浮気をしてしまった人向けに聖書的アドバイスをご紹介していきます。

本記事でわかること

☑️聖書に浮気はなんと語っているのか?

☑️イエス様は、あなたを見捨てない

聖書で浮気はどう語る?

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聖書で浮気について語っている内容をご紹介です。

聖書では浮気は立派な罪です

ご存知かもしれませんが・・浮気は立派な罪です。

あなたは姦淫してはならない。(申命記5:18)

あなたは姦淫してはならない。(エジプト記20:14)

イエス様の福音でも「姦淫はしてはならない」とおっしゃいます。

さらに言われた、「人から出て来るもの、それが人をけがすのである。すなわち内部から、人の心の中から、悪い思いが出て来る。不品行、盗み、殺人、姦淫、貪欲、邪悪、欺き、好色、妬み、誹り、高慢、愚痴。これらの悪はすべて内部から出てきて、人をけがすのである」。(マルコ7:20〜23)

いましめはあなたの知っているとおりである。『殺すな、姦淫するな、盗むな、偽証を立てるな。欺き取るな。父と母とを敬え』」。(マルコ10:19)

姦淫というのは、不道理な行いで男女が肉体関係を持ってしまう事・・。

浮気だけじゃなく・・ポルノを見るのも✖️、情欲を抱き女性を見るだけでも✖️全て姦淫を犯します。

 

浮気をするという事はどうゆう事か?

承知かと思いますが、浮気(姦淫)の結果→罪なので死になってしまいます。

旧約聖書の情欲に乱れたソドムとゴモラの街の崩壊がいい例です。

もう少し、ぐさっと刺さる話をしますと・・。

姦淫を犯す事は、あなたと遊女(浮気・不倫相手)は、姦淫により一体化する事になります。

「遊女と交われば、一つからだになることを知らないのですか。『ふたりの者は一心同体となる。』と言われているからです。 (聖書・Ⅰコリント6:16)

肉の働きは明白である。すなわち、不品行、汚れ、好色、偶像礼拝、まじない、敵意、争い、そねみ、怒り、党派心、分裂、分派、ねたみ、泥酔、宴楽、および、そのたぐいである。わたしは以前も言ったように、今も前もって言っておく。このようなことを行う者は、神の国をつぐことがない。(ガラテヤ信徒への手紙5:19〜21)

結構・・ショックな言葉ですよね?

1つの過ちによって、姦淫を犯した体は汚れた身体になります。

パートナーを触れるにも抵抗が出てきます。

パートナーもその事実を知ったら悲しみます。

逆にあなたのパートナーが他の人と体を共にしたらどうですか?悲しいですよね?許せないですよね。

ここは、しっかり意識を持ちましょう!

「『姦淫してはならない。』と言われたのを、あなたがたは聞いています。しかし、わたしはあなたがたに言います。だれでも情欲をいだいて女を見る者は、すでに心の中で姦淫を犯したのです。」 (聖書・マタイ5:28)

 

なぜ浮気をしてしまう?

浮気をしてしまう理由は2つ。

  • 人間である
  • 悪魔の仕業もある

そもそも、私たちの体は肉の体の想いがあり、肉の父は悪です。

しかも、絶えず悪魔があなたを陥れようとチャンスを狙っています。

僕も最近知ったのですが、クリスチャンは祝福があるので悪魔の攻撃が盛んです。

ネガティブな感情に襲われたり、自殺願望が起きたり、誘惑も多いです。僕みたいな中途半端な信仰をしていると特に悪魔があれやこれやで誘惑し、神から離そうとします。

僕もこれは、ハッキリとわかります。

肉の弱さのために律法がなしえなかったことを、神はしてくださったのです。つまり、罪を取り除くために御子を罪深い肉と同じ姿でこの世に送り、その肉において罪を罪として処断されたのです。それは、肉ではなく霊に従って歩むわたしたちの内に、律法の要求が満たされるためでした。肉に従って歩む者は、肉に属することを考え、霊に従って歩む者は、霊に属することを考えます。肉の思いは死であり、霊の思いは命と平和であります。なぜなら、肉の思いに従う者は、神に敵対しており、神の律法に従っていないからです。従いえないのです。肉の支配下にある者は、神に喜ばれるはずがありません。(ローマ人への手紙8:3-8)

「あなたがたは自分の父、すなわち、悪魔から出てきた者であって、その父の欲望どおりを行おうと思っている。彼は初めから、人殺しであって、真理に立つ者ではない。彼のうちには真理がないからである。彼が偽りを言うとき、いつも自分の本音をはいているのである。彼は偽り者であり、偽りの父であるからだ」。(ヨハネの福音書第8:44)

 

イエス様はあなたを捨てない!あなたがすべきこと

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安心してください!イエス様はあなたを見捨てません。

姦淫を犯したからと言って絶望せず、落ち込まないでください。

イエス様が語るメッセージ

罪を犯してしまった人におすすめのメッセージが2箇所あります。

  1. イエス様は、姦通の女を助けた話
  2. 罪は、何度も許された

順に説明します。

まず、罪の赦しですがイエス様は姦通をした女性を赦します。

そこへ、律法学者たちやファリサイ派の人々が、姦通の現場で捕らえられた女を連れて来て、真ん中に立たせ、イエスに言った。「先生、この女は姦通をしているときに捕まりました。 こういう女は石で打ち殺せと、モーセは律法の中で命じています。ところで、あなたはどうお考えになりますか。」イエスを試して、訴える口実を得るために、こう言ったのである。イエスはかがみ込み、指で地面に何か書き始められた。しかし、彼らがしつこく問い続けるので、イエスは身を起こして言われた。「あなたたちの中で罪を犯したことのない者が、まず、この女に石を投げなさい。」そしてまた、身をかがめて地面に書き続けられた。これを聞いた者は、年長者から始まって、一人また一人と、立ち去ってしまい、イエスひとりと、真ん中にいた女が残った。イエスは、身を起こして言われた。「婦人よ、あの人たちはどこにいるのか。だれもあなたを罪に定めなかったのか。」 女が、「主よ、だれも」と言うと、イエスは言われた。「わたしもあなたを罪に定めない。行きなさい。これからは、もう罪を犯してはならない。」(ヨハネによる福音書 8:3~11)

姦通というのは、ユダヤ教の律法では極刑です。

貫通の現場を押さえられた女を捕らえた律法学者たちやファリサイ派が、イエス様に「この女は死刑に値する罪を犯した・・イエスはどうするんだ?」尋ねます。

イエス様は「あなたたちの中で罪を犯したことのない者が、まず、この女に石を投げなさい。」と言い、石を投げる物は誰もおらず群集は解散します。

イエス様は、罪を責める彼らに罪のない人間は誰一人といない事を悟らせます。

 

そして、弟子ペテロの”罪は何度許されるのか?”と質問です。

そのとき、ペテロがイエスのもとにきて言った、「主よ、兄弟がわたしに対して罪を犯した場合、幾たびゆるさねばなりませんか。七たびまでですか」。イエスは彼に言われた「わたしは七たびまでとは言わない。七たびを七十倍するまでにしなさい。」(マタイの福音書18:21〜22)

この箇所は、イエスの弟子ペトロが、兄弟が罪を犯した場合、悔い改め赦すけれども、それでもまた懲りずに罪を犯してしまうということについて「兄弟が自分に対して罪を犯したならば、何回赦すべきでしょうか。7回までですか?」尋ねます。

そこでイエスは彼に言います。「わたしは七たびまでとは言わない。七たびを七十倍するまでにしなさい。」と・・

つまり、何回まで赦すと言う内容でした。

悪用はいけませんが・・罪は許されるという事です。

ここは、しっかり悔い改めてくださいね。

 

パウロ先生も悩んだ?

自分の情欲で悩んでしまうなら、使徒パウロ先生の手紙を読み返す事をおすすめです。

例えばですが。

罪の誘惑に弱い私たちですが、イエス様が十字架によって罪を葬ってくれました。イエス様に祈り、言葉を聞き続けるなら救いの手が伸びます。

そして、イエス様と出会った事で私たちは、情欲に支配される古い自分を脱ぎ捨れる事です。

これから私たちは肉欲を追うのではなく、神の義の中で十字架に示された神の愛に感謝し、その愛に満ち溢れた神の平和を求めて行く必要があります。

「キリスト・イエスにつく者は、自分の肉を、情欲や欲望とともに十字架につけたのです。私たちは、御霊によって生きているのなら、御霊によって進もうではありませんか。」(ガラテヤ人への手紙 5:24~25)

「ただし、本当にあなたがたがキリストについて聞き、キリストにあって教えられているとすれば、です。真理はイエスにあるのですから。その教えとは、あなたがたの以前の生活について言えば、人を欺く情欲によって腐敗していく古い人を、あなたがたが脱ぎ捨てること、また、あなたがたが霊と心において新しくされ続け、真理に基づく義と聖をもって、神にかたどり造られた新しい人を着ることでした。」(エペソ人への手紙4:21~24)

「ですから、地にあるからだの部分、すなわち、淫らな行い、汚れ、情欲、悪い欲、そして貪欲を殺してしまいなさい。貪欲は偶像礼拝です。」(コロサイ人への手紙3:5)

「あなたは若いときの情欲を避け、きよい心で主を呼び求める人たちとともに、義と信仰と愛と平和を追い求めなさい。」  (テモテへの手紙 第二 2:22)

 

誰でも罪は犯します。

義人は1人していません。だからイエス様がきました!私たちの罪は十字架によって許されたのです。

なので、感謝して、悔い改め、イエス様の言うことに耳を傾け従いましょう!これが私たちの道です。

では、祝福がありますように( ^ω^ )ノ

 

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2 件のコメント

  • ハレルヤ!素晴らしい記事を感謝します。
    私は洗礼したいまも、肉欲の中にとらわれています。聖書の言葉を実践できません。どうしても罪を繰り返してしまいます。
    依存症から抜け出すにはどうしたらいいでしょうか?

    • コメントありがとうございます。
      イエス様は全ての方の罪を十字架によって償ってくださいました。これはとてもありがたいことです。
      匿名様がイエスキリストの救いを信じていれば匿名様の罪はイエスに血によって全て赦さています。
      今はもう苦しむことはなくむしろ罪がないことを感謝していくことです。
      しかし、神の霊が宿っていれば罪の意識は当然起こります。
      それは私たちが今謙虚な姿勢でいる為でもあります。
      また自分を愛してください。神様はあなたを愛しています。
      そして、この罪から解放して下さった神様を愛することができます。
      感謝で気持ちが満たされれば自ずとみことばを行うようになるでしょう!
      ハレルヤ!

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