聖書から学ぶお金と経済の救済|人はお金で生きているのではないって話。

ジョン
聖書でお金に関してなんて言ってますか?
ジョン
クリスチャンはお金とどう向き合えばいいのでしょうか?
ジョン
お金がなくても幸せになれる考え方をおしえてください。

▲上記のことから答えていきます。▲

クリスチャンになれども、経済的問題やお金の不安はすぐには消えないものですよね。一般の方でもそうです。

実は聖書では、お金や経済的問題にも多くの知識が書いてあります。

今回、財産やお金に関する記述を元にお金に関する正しいヒントや知識をまとめましたので、お金とのつきあい方に悩んでしまっている方はご参考にしてみてください。

聖書でお金についての箇所

person's hand holding book page

最初に聖書でお金に関して書いている箇所をまとめてみます。

※全部は書ききれないので一部をご紹介していきます。

 

・金銭を好む者は金銭をもって満足しない。富を好む者は富を得て満足しない。これもまた空である。財産が増せば、これを食う者も増す。その持ち主は目にそれを見るだけで、なんの益があるか。働く者は食べることが少なくても多くても、快く眠る。しかし飽き足りるほどの富は、彼に眠ることをゆるさない。(伝道の書5:10~12)

 

・それから、イエスは見まわして、弟子たちに言われた、「財産のある者が神の国にはいるのは、なんとむずかしいことであろう」。弟子たちはこの言葉に驚き怪しんだ。イエスは更に言われた、「子たちよ、神の国にはいるのは、なんとむずかしいことであろう。富んでいる者が神の国にはいるよりは、らくだが針の穴を通る方が、もっとやさしい」。(マルコ10:23〜25)

 

・あなたがたは自分のために、虫が食い、さびがつき、また、盗人らが押し入って盗み出すような地上に、宝をたくわえてはならない。むしろ自分のため、虫も食わず、さびもつかず、また、盗人らが押し入って盗み出すこともない天に、宝をたくわえなさい。あなたの宝のある所には、心もあるからである。(マタイ6:19〜21)

 

・おおよそ、持っている人は与えられて、いよいよ豊かになるが、持っていない人は、持っているものまでも取り上げられるであろう。(マタイ25:29)

 

・金銭を愛することは、すべての悪の根である。ある人々は欲ばって金銭を求めたため、信仰から迷い出て、多くの苦痛をもって自分自身を刺しとおした。しかし、神の人よ。あなたはこれらの事を避けなさい。そして、義と信心と信仰と愛と忍耐と柔和とを追い求めなさい。(Ⅰテモテ6:10〜11)

 

聖書で学ぶ知識とお金の使い方

仕事の無料写真

聖書からお金に関しての知識は下記の通りでまとめます。

  • お金を手に入れるのには動機が必要
  • 神様は金儲けをすることを望んではいない
  • 神様は与える事を求めている
  • 神様を求める事を求めている
  • 天に富を積む

では解説です。

お金が舞い降りるには動機が必要

主(神)が嫌うのは自己中心的で肉を満たす思いです。自分本位にお金を求めるのは神の御心ではないでしょう。

神=愛です。

神様が思う愛に逸れた動機は神の動機ではありません。

いっさいのことを、愛をもって行いなさい。(Ⅰコリント16:14)

たとえばお金を求め祈る時に「遊んで暮らしたいのでお金をください」という人と「困っている人を救いたいのでお金を恵んでください」とあれば神様は後者の思いを叶えるでしょう。

神様に富を与える時は正しい動機が必要です。

 

神様は金儲けのために生かしていない

神様は、金儲けや億万長者になれとは言っていません。

億万長者になる事は真理ではないからです。

神様が求めていることは、聖書の教えを管理し従うべきだと語ります。

聖書を読むと「〇〇しなさい」「〇〇すべきです」などの文が多く書かれているかと思います。

神様は、人々に従順さを求めています

聖書をまだ読んでいない方は、この機会に読んでみてください。

参考👉聖書通読をする順番|大きく4つに分けて読む順番を解説。

 

こんな話もあります。【聖書】不正の管理人のたとえ話。Filening Number:⑲

 

神様は与える事を求めている

神様は与える神であり、正しい生き方の模範です。

経済的にでも自由になるためには与える事です。テイクではなくギブです。

施し散らして、なお富を増す人があり、与えるべきものを惜しんで、かえって貧しくなる者がある。物惜しみしない者は富み、人を潤す者は自分も潤される(箴言11:24〜25)

貧しい者に施す者は物に不足しない、目をおおって見ない人は多くののろいをうける。(箴言28:27)

与えよ。そうすれば、自分にも与えられるであろう。人々はおし入れ、ゆすり入れ、あふれ出るまでに量をよくして、あなたがたのふところに入れてくれるであろう。あなたがたの量るその量りで、自分にも量りかえされるであろうから」。(ルカ6:38)

わたしの考えはこうである。少ししかまかない者は、少ししか刈り取らず、豊かにまく者は、豊かに刈り取ることになる。各自は惜しむ心からでなく、また、しいられてでもなく、自ら心で決めたとおりにすべきである。神は喜んで施す人を愛して下さるのである。(Ⅱコリント9:6〜7)

キリスト教でも基本的な考えは与える事であり、この意味は豊かや解放をあらわします。

ここで意外なのがお金を所有したい=偶像礼拝にも当たってしまいます。

お金は偶像になるので、お金を手放し、必要な人に施しをすれば偶像を手放すということにもなります。

 

神様を求める事を第一とします

一見お金の話と関係がなさそうですが、サタンの富を与えますが、富も神様が与えるということです。(ヨブ記参照)

世の支配者サタンからの受け取りはデメリットなのでやめましょう。結果=滅びです。

神様に着くなら、神の義により求めましょう。

先ほども言いましたが、全ては神の御心に従順に歩むことから始まります。

信仰がなくては、神に喜ばれることはできない。なぜなら、神に来る者は、神のいますことと、ご自身を求める者に報いて下さることとを、必ず信じるはずだからである。(ヘブル11:6)

そして神の義を求めます。

まず神の国と神の義とを求めなさい。そうすれば、これらのものは、すべて添えて与えられるであろう。(マタイ6:33)

神の民であるなら神に仰い願なくてはいけません。

 

神に天に富を積む

私たちはこの地上に富を積むのではなく、天に富を積み上げることにフォーカスしていきましょう。

その答えは下記の箇所からわかります。

あなたがたは自分のために、虫が食い、さびがつき、また、盗人らが押し入って盗み出すような地上に、宝をたくわえてはならない。むしろ自分のため、虫も食わず、さびもつかず、また、盗人らが押し入って盗み出すこともない天に、宝をたくわえなさい。あなたの宝のある所には、心もあるからである。(マタイ6:19〜21)

たとえば使徒の働きの例で言えば、飢饉が起こると預言された時にユダヤの兄弟に金銭的援助を送りました。

その中のひとりであるアガボという者が立って、世界中に大ききんが起るだろうと、御霊によって預言したところ、果してそれがクラウデオ帝の時に起った。そこで弟子たちは、それぞれの力に応じて、ユダヤに住んでいる兄弟たちに援助を送ることに決めた。そして、それをバルナバとサウロとの手に託して、長老たちに送りとどけた。(使徒11:28〜30)

富は自分の私欲のために使ったり、貯蓄するのではなく、神様の御心に添って別の使い道で使うということ。特に今思い当たらない時は献金とかでもいいでしょう。

 

お金持ちが幸せではない(終わり)

今回、聖書の視点からお金の管理や経済的な話をしました。

最後に少し人間味のある話もします。

いますぐ貧困を脱出して経済的に余裕を持ちたいと願うのなら、まず自由を求めてみてしてください。

よくお金持ちに話を聞くのが、お金持ちになっても幸せではないことです

お金持ちでも悩みはあるしお金持ちでも自殺する人もいます。

富を得る=幸せなことではないのです。お金持ちになっても彼らは彼らなりに悩みます。

今の課題は自由への解放で、富はその後からです。

 

重複します。

神が語っていたのは、自由への解放です。人は解放されて初めて幸福感を感じる事ができるのです。

貧困や貧乏と言えるのは悪の束縛からなるもの。

なので自分を苦しめている原因の解決法を探してみましょう。

たとえば「タバコ・酒」「ギャンブル」「キャバクラ・ホスト」「ポルノ」これらかもしれません。囚われている思考に気づくべきです。

現実的にそこの解放からでもお金が浮いて気持ちも楽になりますよね。

 

僕が感じるのに、まず依存している(罪)事を手放し、悔い改め、神に従順に歩むことで自由となり道が開け神の祝福を得ていくのだと感じます。

欲を満たすためにお金を貯めたり、稼いだりするのではありません。

お金に関しても、正しい知識が必要なのです。

 

どこかでもう少し深い話ができれば幸いです。

 

では祝福がありますように(^^♪アーメン

カテゴリー

コメントを残す